相続税評価額とは、相続税を計算するときに必要になる遺産の金銭的価値です。基本的に相続財産の評価額が高いほど、支払わなければならない相続税の額も高くなります。税金の額を左右するため、財産評価額の算出方法を国税庁がまとめています。評価の計算ミスで相続税の額が変わると、過少申告による追徴課税や税金の払いすぎの原因になります。法令遵守としての相続税の適切な申告はもちろん、節税や払いすぎといったご自身の損得にも繋がるため、遺産の正確な評価は相続税申告において非常に重要な要素です。
相続財産は、土地や建物などの不動産から株式や生命保険などの金融資産まで、多岐にわたります。それぞれの財産で評価方法が異なっており、場合によっては特別な評価減が適用されることもあります。本記事では、相続財産を正確に評価するための基本的な計算方法をわかりやすく解説します。
相続税申告における「財産評価」の基準
はじめに、相続税申告における財産の評価は税法に基づいて行われます。国税庁により、相続財産や贈与財産の評価の仕方に関する「財産評価基本通達」という資料が発表されており、そこに評価額の計算方法など公式の解釈が記載されています。
相続税申告における財産評価額は「時価」で判断
株や為替などは特にイメージがしやすいと思いますが、財産の価値は刻一刻と変わります。そこで、相続税法第22条では相続における財産の評価は「時価」によって判断すると書かれています。つまり相続開始日(財産の持ち主が亡くなった日)の価額で判断するということです。
財産評価のガイドライン「財産評価基本通達」
前述のとおり、相続財産は時価で評価されます。しかし、時価といってもどこでその価額が調べられるのか、どうやって計算するのか、普通は知りませんよね?この「時価」を納税者側の都合のいいように捉えられては、人によって相続税額が変わり、不公平を生み出してしまいます。そこで、必要になるのが財産評価の一般的な方法をまとめたガイドラインです。「財産評価基本通達」は、相続税法に基づく公式の解釈として国税庁により提供されており、評価額の算出方法のガイドラインとしての役割を果たします。土地、建物、株式など、様々な財産の評価方法に関する詳細な指針が掲載されています。では次の段落から、一般的な相続で発生する財産の評価の基本をみていきましょう。
Point
財産評価基本通達はあくまでガイドラインで、法的な拘束力は一切なく、財産評価基本通達に則って評価“しない”こともあるので注意してください。どういった場合かというと、財産評価基本通達に基づいた評価によって、かえって財産が過小に評価されてしまうようなケースです。これを利用して、故意に常識的に考えられない低い評価をし、相続税や贈与税を避けようとする行為はNGです。実際に2022年4月の最高裁判決では財産評価基本通達による評価が否認されました。納税者が通達に則って保有する賃貸マンションを評価して「相続税0円」で申告していました。いわゆる「タワーマンション節税」です。しかし、税務署側がこの申告に対し、「著しく不適当」として、不動産評価をし直して課税したことで、最高裁まで争うことになり、通達による評価がひっくり返る結果となったのです。
一般的な相続財産の評価額の算出
先にお伝えしたとおり、相続税申告における財産評価額の基本となるのは「時価」です。「時価」を何を参照するかは財産のカテゴリや状況によって異なります。不動産や株式などの評価は特に複雑で、正しい評価額を算出することが困難なこともあります。ここでは、主要な財産カテゴリーの評価方法についてごく基本的な部分のみを解説します。
土地の評価方法
まず最初に土地の評価方法をお伝えします。相続した土地の評価方法は、土地の利用状況(地目)や立地によって異なり、本当に複雑で専門的な知識が要求されます。本記事では地目が宅地の場合であることを前提に、概要だけに留め、なるべくわかりやすく解説します。宅地の評価では、主に「路線価方式」と「倍率方式」の2つの方法を用います。
路線価方式
市街地の大部分はこの路線価方式を用います。評価額の算定は、「面積×路線価」が基本です。路線価は特定の道路に面した土地の1平方メートルあたりの価額を示しており、国税庁の路線価図で確認できます。国税庁より7月1日に公表されて毎年更新されるため、その土地が位置する地域の平均的な市場価値を反映しています。ただし、路線価は道路に面している間口の広さと同じ奥行きの正方形を想定して価格が作られています。当然ですが、土地は必ずしも真四角というわけではありません。それゆえ様ざまな土地のタイプごとに修正率が設定されています。この修正率を用いて計算すると、形がいびつな土地や間口がせまく奥行きが長い土地は評価額は下がり、角地は評価額が上がります。同じ面積の長方形の土地であっても、長辺が道路に面するか、短辺が道路に面するかで、評価額が変わるのです。
倍率方式
路線価がつけられていない土地には「倍率方式」を用います。この方法は、固定資産税評価額に、国税庁の評価倍率表に記載されている倍率をかけ合わせて算出します。倍率は、土地の地目等によって区分されており、農地や山林のほとんどはこちらの倍率方式で評価します。こちらの倍率表についても、国税庁が毎年公表しています。
建物の評価方法
建物の評価は、固定資産税評価額と同じ額で、3年ごとに見直しがかけられます。これは、住居だけでなく店舗や事務所でも同様です。
建物の固定資産税評価額は、毎年4〜6月ごろに送られてくる「固定資産税課税明細書」(納税通知書)で確認しましょう。ちなみに、固定資産税評価額の管轄は税務署ではなく、市町村です。税務署にいっても、固定資産税の評価証明書はもらえません。
マンションの場合はどう評価する?
マンションの評価でも、土地と家屋それぞれに分けて計算します。分譲マンションは部屋を購入したように錯覚しますが、「敷地の利用権」も一緒に購入しているからです。居住用の区分所有マンション(要するにマンションの一室)については、法改正により令和6年(2024年)1月1日以降の相続・贈与分から、評価方法が大変複雑になりました。タワーマンションの購入を利用した相続税対策が横行していたことを国税庁が問題視したからです。ほとんどのマンションでは、評価額が改正前と比べると上がってしまいました。本当に複雑な内容なので、具体的な評価方法は別の記事で解説します。
上場株式の評価
上場株式の取引は毎日行われるため、常に価額が動いています。もし相続発生時(被相続人が死亡した日時)に、たまたま株価の高騰が起こると、通常よりも評価額が上がり、支払わなければならない相続税の額も上がってしまいます。このようなことが起こってしまわないように、下記の4つの中から最も低い価額を評価額とします。
- 被相続人が亡くなった日の終値
- 被相続人が亡くなった月の、毎日の終値の平均額
- 被相続人が亡くなった月の前月の、毎日の終値の月平均額
- 被相続人が亡くなった月の前々月の、毎日の終値の平均額
※終値 とは、1日のうちで、最後に取引された値段のこと
「1~4のうち最も低い額×保有株数」が評価額となります。
生命保険金の評価
受け取った生命保険金の金額がそのまま評価額となります。ただし、死亡保険金には非課税枠があります。生命保険は故人が遺族の生活のために遺した財産なので、遺族の暮らしを保障するためにこのような制度が設けられています。その非課税限度額は「500万円×法定相続人の数」です。
(例)死亡保険金を妻が2000万円、子3人がそれぞれ1000万円(4人で合計5000万円)受け取った場合
5000万円ー(500万円×4人)=3000万円
→3000万円部分だけが相続税の課税対象になる
この非課税枠は、被保険者が亡くなった場合に相続人が保険金を受け取った場合のみなので注意してください。例えば、夫が自身を保険金の受取人として、妻を被保険者とする保険を契約して保険料を支払っていた場合は、保険を契約した夫が死亡すると妻は解約返戻金を受け取ることができます。しかし、これは死亡保険金の受け取りではないので非課税枠の適用はありません。解約返戻金の金額がそのまま評価額となります。
自動車
自動車の評価方法はいくつかありますが、中古車事業者の買取価格の相場を評価額とするのが一般的な方法です。業者がお店やネットで販売するときの売値ではありません。買い取ってもらうときの額のことです。ご自身で中古車買い取り業者が運営するサイトで買取相場を調べるか、ディーラーに査定をお願いしましょう。
現金・預貯金
被相続人(故人)が所有していた現金も相続税の課税対象なので、タンス預金や貸金庫もよく確認してください。額面がそのまま評価額になります。注意したいのが、被相続人が亡くなる前に相続人に実施した贈与は時期により課税対象となることです。現金を贈与された記憶がある方は、贈与を受けた時期、金額を確認しましょう。普通預金については相続開始日の残高が評価額となります。金融機関に残高証明書を発行してもらい、記載されている残高を申告すれば問題ありません。
定期預金の相続税評価
定期預金の相続税評価額は、評価額算出の際に利息分を合算することになっています。次の計算式のようになります。
預金残高+相続開始日までの利息(既経過利息)-利息にかかる税金(既経過利息の20.315%)
※既経過利息とは定期預金を相続開始日時点で解約したと仮定したら発生する利息のこと
なお、名義が被相続人(故人)ではなく配偶者や子供の名義であっても、被相続人が貯蓄しており、実質被相続人のものである場合は被相続人の財産として扱われて相続税の課税対象になります。
外貨預金の相続税評価
米ドルやユーロのような外貨で預金してある場合は、円に換算する必要があります。為替相場にはいくつかの種類の為替レートがありますが、相続の財産評価にはTTB(Telegraphic Transfer Buying rate)が使われます。TTBは日本語では対顧客電信買相場といい、金融機関が顧客から外貨を買い取る際に適用される交換レートです。為替相場は日々変動しますが、原則として相続開始日 (故人が亡くなった日) の最終TTBを用います。為替市場が土日、祝日で閉まっている場合は、いちばん近い日の最終TTBを適用します。
特殊な相続財産の評価額の算出
ここまでは一般的な土地や建物、有価証券などの財産評価額の算出を見てきました。ここからは、少し特殊な性質を持つ財産について見ていきましょう。ここでは、事業用資産、農地、非上場株式などの評価額の算出に焦点を当てます。事業をやっている方、農地を持っている方、非上場株を持っている方以外には関係ないので、不要な方は読み飛ばしてください。
事業用資産の評価
亡くなった方が事業を営んでいた場合、事業用資産があるということになります。事業資産も相続税の課税対象なので評価を行う必要があります。亡くなった方が個人で商店や会社を経営している場合は事業用資産もきちんと把握し、相続税申告書に財産として計上しましょう。事業用資産はいくつかの種類に分類されます。ただ、事業用資産は一般の方が計算するにはかなり難しく、正確に学ぼうとすると本記事だけではおさまりきらないので、ここでは簡単な説明だけに留めます。
棚卸資産
商品や製品の在庫、または原材料です。棚卸資産は、個々に評価額を算出することになります。
減価償却資産
減価償却とは機械設備などの、金額が大きく、長期間使用して、かつ経年で劣化するような資産の費用を毎年少しずつ経費として計上することです。事業用資産の中で、時の経過と共に少しずつ価値が減っていくものが減価償却資産で、器具や工具、車両や機械装置などがあります。基本的には「売買実例価額または専門家の意見を参考にした価格」を参考に評価されます。参考になるものがなく、どうしても評価できないときは、取得価額から減価償却費を差し引き計算します。
売掛金、貸付金、未収金
被相続人(故人)が現役の事業主だったならば、売掛金、貸付金、未収金があるはずです。これらの評価額は元本の額がそのまま評価額にはならないので注意してください。売掛金、貸付金、未収金は、元本に亡くなった日までの利息のうち受け取り期限が到来していない分を足したものが評価額です。
農地の評価
農地の相続は、相続したら農業委員会に届け出る必要があったり、農地法により農地以外への転用が禁止されていたりと、農地特有のルールや手続きがあって非常に難解です。農地は「純農地」、「中間農地」、「市街地周辺農地」、「市街地農地」の4種類に区分されており、区分によっても評価方法が異なります。本記事だけではすべてをお伝えすることができないので、農地の評価をするなら専門家に相談した方がよいとだけ覚えておいてください。農地の評価についてはいずれ別に記事を作成したいと思います。
非上場株式の評価
非上場株式は市場で自由に売買されていないため、その評価には特別な注意が必要です。株主の地位や立場、業種、従業員規模、純資産額などによって、評価方法が異なります。非上場で取引相場のない株式の評価はかなり難しい作業となるのでこちらも専門家を頼るようにしてください。
相続財産の評価減と節税について
くりかえしになりますが、相続財産の評価が高いほど、相続税も高くなります。つまり、評価額を下げることができれば、節税になるわけです。ここからは、相続発生前(つまり生前)の、評価額を下げるために出来ることを見ていきましょう。
小規模宅地等の特例の利用
まず、この特例の要件を満たすかどうか確認しましょう。なぜなら、小規模宅地等の特例が利用できると、土地の評価額を最大80%下げることができるからです!確認して要件を満たしていないことが判明したなら、要件をクリアする方法はないか専門家に相談してみましょう。
小規模宅地等の特例がなぜあるかを簡単に説明しておきます。不動産は財産価値が高くなりやすく、通常の取引価額を基準に計算した評価額でそのまま相続税を計算すると、相続税が高額になり、自宅を売却しないと相続税が支払えないケースが出てくるかもしれません。そのようなケースが発生すると、配偶者などの遺された家族が生活を維持することができなくなります。それゆえ、一定の要件を満たす宅地等については最大80%評価額を下げて、相続税の負担を軽減し、遺族の生活維持を図ろうとしているわけです。
賃貸不動産を購入
ここまで見てきたとおり、相続財産は財産の種類によって評価方法が異なります。一般的に預貯金や投資信託などの金融資産よりも、不動産の方が評価額が低いです。現金1億と1億の価値がある不動産では、不動産の相続税評価額の方が低いということです。それを利用し、資産を組み替えることによって相続税を節税できることがあります。特に購入した不動産を賃貸にすると、節税に繋がりやすいです。賃貸物件は入居している人がいる限り売却することができないことから、売買の自由度が低いため評価額が低くなるのです。ただ、それによって、相続税がゼロになるということはあまりないので、現金をある程度遺しておかないと、相続税を払う現金がないということになりかねません。節税目的で賃貸不動産を購入する場合は注意してください。また、POINTでもお伝えしたとおり、財産評価基本通達に則っていても、税務署から不適切と扱われることがあるので、節税目的の不動産購入は慎重に進める必要があります。
専門家の選び方
相続財産の評価は複雑であり、時には専門知識が必要な場合があります。特に、非上場株式の評価や大規模な不動産の評価などの場合は、専門家のサポートを得ることが望ましいでしょう。相続財産の評価に関わる専門家は、税理士が一般的です。ただ、相続の分野は税理士の資格を持っていれば皆ができるわけではありません。必ず相続税申告や生前対策を行ってきた相応の経験を積んでいる税理士、または事務所として相続に注力していてノウハウを蓄積している事務所を選びましょう。
まとめ
相続財産の評価は、自分の家族の財産のことだから簡単にできると思えてしまうかもしれません。しかし、実際には土地、建物、有価証券、生命保険など、さまざまな財産ごとに複雑な評価額を求めるための基準が存在し、税法の変更に伴う評価方法の更新が頻繁に行われており、税理士にとっても難解な分野です。
一般の方が自分で財産評価を行う場合、財産評価に関する知識不足や最新の税法の適用漏れにより、誤った評価をしてしまうリスクがあります。評価額が実際の市場価値よりも高くなってしまうと、過大な相続税が課される原因になり、逆に低すぎる場合は税務調査の対象となり、追徴税の支払いや罰金が科される可能性があります。相続税申告におけるこれらのリスクを避けるためには、正確な財産評価が不可欠です。